反応と対応
アダルトチルドレンのための良書「毒になる親」を再読してたら
反応と対応の違いについての説明があった。
つまり、親の言葉や態度に即座に反応しているのはこどもの部分
自分の感情が相手にコントロールされている状態であること。
それに気づきながら、違う行動をするのが対応だ。
どうしても怒りにまかせたいという欲求が強いのが通常のことだし、
対応できるようになるまでに自尊心を高めたり、自我を強くしていく必要もある。
自分の力でコントロールし、選択する強さがあれば、恐れることはない。
それまでの時間は人それぞれ
あせらず取り組む道なのだ。
反応
気付いたらよく考えていることは何なのか
自分が反応した人の言葉はどんな言葉で、何がそう反応させたのか
他人の何をみて、気になるのか
世界に向かうとき、常に何かに反応しながら生きている
反応していることについて客観的にみるとき、気付きがある
それは終わることがない
こつこつと地道にやっていく作業
ギブ&テイク
比較的最近、エンジェルカードで「ギブ&テイク」のカードをよくひく。
マウイ島から来られたロミロミのヒーラー、テリー・チューさんがワークショップの中でこんなことを言っていた。
「今、与えられることばかりあっても、他で与えるチャンスは必ずやってくる」というようなこと。
よく、あの人にはよくしてもらうから必ずお返しをしなくちゃとか、あの人からは何ももらわないでうばわれるばかりだから、何もしたくないという関係性の中でのギブ&テイクにこだわることが多い。
ふと思ったのは必ずその場で貸し借りなくしたいというのは本人の満足感だけではないだろうかということ。
返すチャンスがあればそうすればいいのだけれど、無理やりみつけてどうしても何かしようとする必要はないのではないかとも思う。
相手が別にそうされたくないと思っているのであれば。
本当のギブ&テイクは受け取ることに引け目や申し訳なさを思わず、喜んで受け取ること、与えられるチャンスがあればその人が自分に何も与えていないことに関係なく、与えることができること。
このバランスがどこかでとれているという状態のことではないだろうか。
それはきっと神様がそのタイミングを与えてくれているはず。
だれかから与えられて、だれかに与えること そのだれかに縛られないで、感謝して受け取り、与えるチャンスがきたことに感謝するということが大切ではないかしら。
言葉とこころ
言葉には魔法がかけられている。
相手の言葉に悪気はないけど、力をうばわれるように感じる言葉。
自分も相手にそのような気はないのに、受け取り方で傷つけてしまう言葉。
言葉という形になるまでのこころという材料は本当はとてもデリケート。
それを守るための言葉かもしれない。
その守りの言葉に動かされるこころ。
それを発したとしたら、誰がどんなことを感じるだろうかという葛藤の末、届ける言葉には愛がある。
言葉にはきりがない。
そこに動かされるこころたちをみることだけがこころを成長させてくれる。
Self-Heal
セルフヒールのアファーメーションカードを見ながら、ひらめいた。
I awaken the Self-Healing power within me.
『私は内なる神聖な癒しの力を目覚めさせます。』
と紙に書いて、セッションルームのみえるところに貼り付けた。
いつでも癒すのは自分の内側からおこることを思い出せるように。
そして癒し手は自分がその人を癒すのではなく、その人が道に帰ることを手助けすること、
その人の内側の力が目覚めることをじゃませず、サポートすることをいつも忘れずにいられるように。


















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