ムーンパワー
期が熟すのを待つことは忍耐のいることだけど
満月とともに大きな変化を感じたとき
待つというよりも受け取ることを自分に許す準備が出来たからだと思った。
無意識を照らし出す月の明かりのパワーもあるかもしれない。
月夜に死んで、生まれるのは肉体的なものだけでなく、
魂も肉体はそのままで死んで、また生まれるのだ。
港・ステーション
入れ替わり、立ち代わり、港にやってくる人たち
どの針路に修正したらいいのかわからないまま
立ち寄り、一息つく
そのような場であればいいなと思う。
ひとしきり休んで、言いたいことも言い、
どっちへ行きなさいともこちらも言わずとも
なんか気づいて、また進みだす
そんなステーションとして利用してもらえれば
うれしいかも
いつもお花といっしょに待ってるから
取り戻す
どんなに無邪気だったかを思い出そう
どんなに胸が躍っていたのかを思い出そう
どんなに朝が待ち遠しかったかを思い出そう
何も心配することなく、安心していられたか思い出そう
こころの中になるべく共鳴できる手掛かりを探そう
わたしがわたしだったときを思い出そう
わたしがひかりで満ちあふれていたことを思い出そう
わたしがどんなに愛を受け取り、与えていたかを思い出そう
どんなにわたしが神聖で尊いものであったかを思い出そう
それを体現している人のそばにいるだけで
思い出しやすくなる
受け取り、そして自分もまわりを照らす灯台となり、
取り戻しながら、生きていこう
何もない自分を認める
何をしている人か
何を経験したか
何をどれだけ知っているか
何をどれだけできるのか
誰に何を認めてもらいたがっているのか
ああ、すごいねと言ってほしいのか
こちらもすごいねとしか言いようがない
でもただそれだけであって
あなたの価値がそれで評価されるわけではない。
あなたはあなたであって
何かが出来るとか知っているということはたいして重要なことではない。
何もない自分の中に価値がある。
何もない自分をただ受け入れる。
それで十分だと思う。
見守ること、見守られること
手放して待つ
それは放任しているのではなく、
愛のある行為だ
どうしたらいいのかわからないとき
それが自分にとっていいのかよくないのか
わからないとき
それでもどうすることが一番いいのか
自分に問いかけるように促す
それなら一人でも出来ることだが
見守られているということは
一人ではないということだ
進んでいく道のりは一人かもしれないけれど
心細さは違うかもしれない
愛のある空間で
はじめて人はこころを開く
一人ではその空間をつくることは難しい
何もしないことで
自分でたつことが出来る
何もしないけどそこには光があり、愛がある
ただ、そこにいることで湧き上がる本当の自分と
出会うことが出来る
心地よく暮らす
平穏のようで平穏でない理由はなにか
いつも気に止まることはなにか
何が不安にさせるのか
それがなければきっと心地よく暮らせるのかもしれない
風が吹き抜けていくように
水がせきとまることなく流れるように
じゃまするものを取り除き、手放すこと
今の状況が変わることを期待するよりも
今の状況の中で心地よく出来るようにすること
マザーテレサの言葉
新年にマザーテレサの言葉をピックアップしてみました。
★愛は家庭から始まります。
まず家庭の中で不幸な人を救いなさい。
両者が愛し合い、母親が家 庭の中心となりなさい。
平和とうるおいの家庭が築けたら、隣人を愛しなさい。
自分が自分の 家庭が、愛に満たされなければ隣人を愛せません。
(1981年4月、初来日の際)
★日本人はインドのことよりも、日本のなかで貧しい人々への配慮を優先して考えるべきです。
愛はまず手近なところから始まります。(1981年4月、初来日の際)
★あなたがなんであり
どこの国の人であろうと
金持ちであろうと 貧乏であろうと
それは問題ではありません。
あなたは
同じ神さまがおつくりになった
同じ神さまのこどもです
冬至の祈り
21日の冬至の朝日と夕日をみた。
夕日はちょうど瀬戸大橋を移動中のマリンライナーにて
瀬戸内海の海の上に輝くすばらしい夕日だった。
短い太陽の陽の光に恵まれた一日だった。
夜、キャンドルの明かりを灯し、カリフォルニアの山で数年前とってきた
セージブラッシュを燃やし、ローズの香りがするイシスとアスクレピアスの
エネルギーに満ちたオイルもたらす。
太陽の祝福と闇の中で輝く月の祝福を受けて
不必要になったものを手放す
もうすでに手放したつもりでも放していないエネルギーを
解き放し、自由になる
手放すことで、より豊かさを味わうことが出来る
とらわれることなく、自由にスペースを広げることが出来ますように・・・
と後でひいたルーンはイングズ !だった。
「豊饒、新しい始まり」を意味する。
新しい始まりにむけて古いものを整理して、準備するときだ。
まさにぴったり。
子供たちの痛み
うちは四国新聞をとっている。
最近、朝新聞をみるとまっさきに読むのが
連載中の幼児虐待の記事。
県内の幼児虐待に関する状況、情報がずっと掲載されている。
おかげで地元の状況がよくわかった。
今はケアの部分を連載している。
里親制度の話も興味深かった。虐待された児童専門の里親が存在することも
初めて知った。
親に対するケアや指導がなければ
どんなに子供を保護しても虐待は繰り返される。
日本はアメリカなどに比べればそういうケアに関することは
とても遅れているのだが、その中でも地方というのはもっと遅れている。
香川県でも年間の虐待による児童の保護件数もかなりのものになってきているのに
保護施設にしても児童相談所の職員数にしても足りないことだらけ。
小児病院や保育所などで虐待を発見することも可能だが、
体制がとれてないと発見してもそのまま返されるケースも多いらしい。
私は子供がいないけれど、
親にひどい扱いを受けた子供の気持ちはわかる
それが痛みとなって気になるのだと思う。
虐待をした親も痛みを持っている。
その人もそうした子供時代をすごしてきたことだろう。
私が出来る範囲は狭い
でもこうした状況を把握することは必要だと思う。
痛みを持つものはみな無関心ではいられないと思う。
ACに関する本
夏の終わりかけくらいからAC(アダルトチルドレン)に関する本をたくさん読んだ。
今までまとまって読んだことがなかった。
ACの本はずいぶん出ているものの何がわかりやすいのか、どれが実践的な道筋を残しているのか
というところを知りたかったというのがある。
自分も含めて知りたいし、仕事上人に薦められる本があったほうがよいと思った。
本のコーナーにていくつか紹介したので参照してもらえるとうれしい。
その中でやはり気になるのがいろんな条件づけなどから無意識におこなってしまうことだ。
摂食障害、虐待、まあパニックもそうかも、あと各種依存症
これらはとても深刻な状態だ。
人間関係などでうまく適応できなかったりしても普通に仕事が出来たり、
なんとか人とのつきあいもしたり(それでも苦しいんだけど)できる程度はまだよい。
度が過ぎてくると犯罪にかかわるケースがほとんどだ。
キンスマで女性の刑務所の実態について出てたけど、
半数くらいが薬物でつかまっている受刑者らしい。
それも結局依存症であり、その原因となることもたどっていくと普通の家庭環境では
育っていない場合が多い。
年々そうした犯罪者は増えているらしい。
ACなんてどれがそうでどれがそうでないなど日本ではあまり言えないかもしれない。
少なくとも生きにくさから助けを何かに求めようとしている限りは
光は見えると思う。
親の呪縛から自由になるのは並たいていのことではない。
実際私も自由になっているとは言えない。
それでもひとつひとつ自分の中で整理していらないものを捨てていく作業をしなくてはならない。
捨てたつもりが捨ててなかったことも多々あると思う。
そのくらいしつこいのだ。
逃げるとさらに重荷になるし、向き合って手放す
言葉で書くと簡単なことに何十年とかかることがある。
それでも希望を捨てずにいてほしい。
セラピーの必要性をとても感じるので
口コミセラピスト・癒しの専門機関ガイドというのも作ることにした。
どうぞご協力くださいませ。











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